夏休みに入って3日が過ぎました。
あの日、夜中にこっそり(といってもバレたけど)学校に忍び込みテストの答えをみたおかげか、仁もギリギリだったけれども期末試験をパスして無事6人で楽しい楽しい夏休みを迎えることができました。
結局、あれからも職員室に入るたびにみることはできないかと何度も試みたもののなにも変化はなく、だらけていた数日分の勉強を残りの日数で必死に追い上げたけど、人生はそう甘くもなく僕もギリギリだった。
田口はちゃんと自分の力だけでテストに臨み、上田もいつも通り上位の5本の指の中に入っていた。
僕だけが納得いかないみたい。
夏休みに入ってからというもの、仁は毎日のようにいろんな女の子と遊んでるらしいし、コウキも毎日朝早く家を出て夜遅くまで帰らないみたいだし、カメはカメで「休みというものは、愛情が深まる時なんだ」とかなんとかインチキ哲学を語りながら楽しそうにかめたちとじゃれあってる。上田とは、休みに入ってからは接触がないのでわからないんだけど。
そして僕はというと、終業式の日に担任から「このままじゃ2学期に死ぬほど頑張らないとあとあと泣くぞ。」と未来まで宣告されたような言葉をいただいた。
みんなのために自分の成績を落としてるなんて、田口並のお人好し。
しかもその成績を見て黙っていないのがやっぱり父親で、この夏は毎日予備校に通わせるなんてありえないことも言ってくれた。
サボっていたことも父さんの耳にはちゃんと入ってて、今度はサボれないように車で送っていくから、とまで言われた。
さすがにそれは全く信用されてないみたいで僕のプライドも少し傷ついたもんだから、「やめてくれ」を連発したらそれだけは勘弁してくれたけど、毎日の予備校通いは余儀なくされた。
「これも全部お前の将来のためなんだからな」とか言われたけど、ホントにいい大学に入るだけが僕のためになるかなんて誰にもわからないじゃないか。
名も知れない小さな大学から大きな一流企業に就職できる人だっているし、東大を卒業したけどプー太郎なヤツだっているんだ。
僕には父さんの考えていることはまったく理解できない。ていうか、したくない。
楽しい楽しい夏休みなんて、受験生には迎えることができないんだ。
「あ、中丸くん。今行くとこだったんだ。」
予備校帰り。駅前で配られたどこかの店の宣伝ウチワでパタパタあおぎながらマンションの階段を上っていると、田口が声をかけた。
「おー。ナイスなタイミングじゃん。」
「外歩いてるのが見えたからね。」
「お前忠犬ハチ公みたい。」
「僕はそんなに中丸くんに忠実じゃない。」
「かわいくねぇなぁ‥‥。」
苦笑いをしながら田口を家に迎える。
「あら、お帰りなさい。」と台所から母さんが顔を出す。
「あ、いつもすみません。お邪魔します。」と田口も笑顔で挨拶する。
「ご苦労様。あとでお茶でも持っていくわね。」
表向きでは田口が僕に勉強を教わりに来ていることになっている。
でもそれは見せかけであって、本当に教えてもらっているのは僕のほうだったりして。
あの日ポッキリといってしまった僕の足を、ご丁寧に田口は夏休みに入った今でも毎日治しに来てくれる。
「だって骨折なんて相当時間とお金がかかるよ。これならお金もかからないし、病院行く手間も省けるし、勉強に専念できるでしょ。」
ちょっとお節介なところもあるけど、親に内緒で夜中に学校へ行った手前、ケガしたなんて言えるわけもなくこっそりと治すしかないわけだから大変田口にはお世話になっているのであります。
勉強中の僕が、何気なく田口に聞いたところが彼の得意分野だったこともあり、受験勉強を教える為の勉強会をしつつ足を治しに来る、というのが最近の田口の日課となっていた。
「なんで僕が受験生に勉強教えてるんだろう‥‥。普通なら逆の立場なハズなのに‥‥。」なんて不満も言ってくれるけど、僕たちはチカラが使える貴重な2人ってことでよくそんな話題も出したりした。
田口は上田のチカラを知らない。仁もカメも、コウキも。
「そういえばね、僕昨日カメん家に行ったときにネコにひっかかれちゃってさぁ。」
ふと思い出したように、指先でくるくる回していたシャーペンを机の上に置くとジーパンの裾をめくり上げる田口。
「見て見て。痛そうでしょ?」
と言われるままに足を見ると、これまたなんとも痛そうな傷。
「こんなん痛いんなら自分で治せばいいじゃん。便利なもんもってんだからさ。」
「それができないから困ってるんでしょー。」
「は?なん‥‥」
僕の返事を遮ったのは、ドアをノックする音。
「雄一、ちょっと開けて?」
ドアの向こうから母さんが呼ぶ。
「いいよ、僕行く。」
言われたわけでもないのに田口がすっと立ってドアを開ける。
開かれたドアの中を見て少し戸惑う母さん。
「あらあら、淳くんごめんねぇ。ちょっと、雄一。お客さんに何させてるのよ。」
「いや、気にしないでください。」と母さんの持ってきた、冷たそうな麦茶とお菓子が2つずつのったお盆を受け取りながら「僕がお邪魔させてもらってるんだし。」なんていい子ちゃんな台詞を吐く。
コイツもなかなかのいい子ちゃんを演じてる。上田みたいだ。
「そう?ごめんなさいね。じゃあごゆっくり。」
お客様用のスマイルを顔いっぱいにつくって部屋を出ていく。
お盆を持ったまま立ちっぱなしの田口に気づいて、紙やらノートやらで散らかった机を片付けながらお盆の上のお菓子を確認。
「なんだよ、またシュークリームじゃん。」
「またじゃないよ。昨日のはエクレアだもん。」
「同じじゃん。」
「違うって。チョコかかってないでしょー。」
「別にどっちでもいいけど。つーか勉強=甘いものって発想がアホなんだよ。休みなんだし、動かないんだからさぁ、太らせる気かっつーの。」
「文句言うなって。」
皿に乗ったでっかいシュークリームを睨みながら文句を垂れる僕とは対象的に嬉しそうな田口。
「これ、たぶん駅前のお店のおいしいって評判のヤツだよ。並ばないと買えないんだって。そんなのもらっちゃっていいのかなぁー。うわー、嬉しーい。」
「そんなにうまいの?」
「食べたことないからわかんないよ。いらないんだったら僕食べてあげるよ?」
「ヤだ。食う。」
急いで皿をとって食べようとすると、「あ、ダメ。中丸くんこれやってから。」と僕の目の前に問題ぎっしりの紙を置く。
「はぁ?意味わかんねぇ。いいじゃん、食おうよ。」
「ダメ。」
僕の手から皿を取り上げると、「まださっきの話の続き、終わってないじゃん。」とつぶやいた。
「話‥‥?あー、傷が治んないってヤツか。」
さりげなく紙を机の下に隠す。
「そう。」
田口も皿をお盆の上に返すと、僕のほうに向き合って座る。
「あのさ、僕思ったんだけど。‥‥このチカラって自分のためには使えないんじゃないかなーって思うんだ。」
「‥‥?」
意味のわからない僕。
「だからぁ。うーん‥‥。中丸くんはあの時3年の分、つまり自分がみたかったものはみえなかったんだよね?」
「うん。」
「僕も、あれから包丁で指切ったって言うカメとか、コケたコウキとか治してみたけど、この自分のヤツだけは治せなかったんだ。」
「‥‥‥‥‥。」
「人のため‥‥っていうか、誰かの役に立たせようとしてるんじゃないのかな。」
「人のため‥‥‥。」
「なにか僕たちに伝えたいことがあるんじゃないかなーって。」
「‥‥‥ふむ。」
「あ、でもこれは僕の考えだからそうとは限らないから。」
急いで否定の言葉も付け加える。
まさか田口がこんなに真面目に考えてるとは思わなかった。
ただ「便利だー」なんて軽い考えしかなかった僕とは大違い。
「でも例が僕と中丸くんの2つだけじゃぁねぇ。他にもなんかないのかなぁ‥‥。」
「‥‥‥上田は?」
「上田くん?」
「あ、いや、違‥‥。」
口に出してから気づいた。そう。知らないんだよ、コイツら。
「上田くんねー‥‥。そういえばこないだ、"みんなにも目覚めつつある"とか言ってたよね。ってことはカメとかコウキとかにもなんかあるのかな。」
「うーん‥‥。」
その時。インターホンがけたたましく鳴り、乱暴に玄関のドアが開く音がして、誰かがこの部屋に走って近づいてくる足音が聞こえ、足音が止まると同時に弾かれたようにドアが開く。
ビックリして顔を向けると、そこに立っていたのは息を荒くして片手にかめを抱いたカメ。
口がパクパクしている。
「‥‥どうした?」
無言でこちらに近づき、僕と田口の間に座ると、机の上にかめを置く。
座ったときの振動でお盆の上の麦茶が大きく揺れ、放置されたまんまのシュークリームの上にこぼれる。
「あー!おい、カメ!」
叫ぶ僕と田口。
「‥‥っねぇ!」
それを遮るようにカメも声を出す。
「2人とも‥‥今、なんか聞こえる‥‥?」
「なんか?」
「‥‥話し声、とか‥‥‥。」
静まる空間。物音さえしない。
「‥‥しねぇよ。」
「じゃあ‥‥俺の勘違いなのかな。」
「どうゆうこと?」
田口がたずねる。
「‥‥さっきから、しきりに聞こえるんだよ。誰かの声が。」
「幽霊とかじゃないの?」
「俺、霊感ないもん。今、家で1人だったんだけど、ずっとどっかから聞こえるんだ。"かずやくん"って‥‥。」
「そっれオバケじゃん!」
「違うっつってんだろ!‥‥周り見てももちろん誰もいないし‥‥。で、目に付いたのがコイツ。」
カメの視線の先には、机の上で目だけがキョロキョロ動くかめ。
「‥‥まっさかぁ‥‥‥。」
ひきつるようにしか笑えない。
でもカメの顔はホンキだった。
「俺も最初はまさかとか思ったけど、コイツと会話もできるんだよ。"お前しゃべれんの?"つったら"うん。"って言ったもん!」
「カメ、会話ができるのはこれとだけ?」と田口。
「ううん。俺の飼ってるヤツ、みんなと。」
カメの興奮はまだ冷めない。
「もしかして‥‥‥これも、チカラの一種なのかな。」
ポツリとつぶやく田口。
すべては、動き出していた。