「まとめてみると。」
ご丁寧に田口が紙に図をかいて説明してくれる。
「まず、中丸くん。中丸くんのチカラが使えたのは、上田くんの家の中がみえたとき、居場所がわかったとき、そしてテストの答えをみたとき。これは上田くんと、カメたちみんなの役に立ってる。」
「‥‥別に上田のためじゃねぇけど。」
「でも上田くんにとって、あってよかったことでしょ?」
僕たち6人の名前が書かれた紙の、僕の名前のところに丸をつけて、5人それぞれに矢印をつける。
「僕のチカラ。上田くんとか仁くんにはやったことないけど、カメ・コウキ・中丸くんのケガを治した。または治療中。みんなはどう思ってくれてるかわかんないけど、一応みんなの役に立てたかな?とは思ってる‥‥。」
「いや、ホントに感謝してるから。」
「‥‥そう?よかった。」
嬉しそうに田口の名前に丸をうって僕たちへの矢印を書きこむ。
「そしてカメ。カメのは直接的に僕たちには何もないけど、カメのペットくんたちにとって、言葉が通じるなんてことはこの上ない幸せなんじゃないかな。今まで伝わらなかったことも今じゃわかってもらえるんだからね。」
「うん。今まで以上にアイツらのことわかってやれた気がする。」
「ってことはやっぱりなにかの役に立ってる。」
カメの名前を丸で囲むと、その上に「かめたち」と付け足して矢印を向ける。
「‥‥これにコウキとか仁くん・上田くんのチカラについても同じことが言えれば、僕の考えは当たってるってことだよね。」
「んー、まぁな。」
同意を得て、満足そうな田口。少し麦茶のかかったシュークリームをほおばる。
「でもさ‥‥、こんな便利なチカラあるんだったらもっと早く使いたかったなぁー。」
そんな田口の横でポツリとカメがつぶやく。
「文句言うなよ。つーかそんな早くから使えたって自分のためにならなきゃ意味ねぇじゃん。」
「自分のためにならなくてもさぁー‥‥何かと使うときはあったと思うんだよね。」
「例えば?」
「え゛。‥‥うーん。高校入試のとき、中丸が問題みてくれてたら俺は学年トップで入学できた。」
「いいじゃん。今こうやってこの学校いるんだから。」
「んー。じゃあ俺が小さいとき公園で見つけたあの小犬。そいつの話を聞いて飼い主のところへ連れていけた。」
「飼い主はもう飼えないから捨てたんだろ。」
「うー‥‥。じゃあむかーし田口が事故ったときに治してあげれた。」
「だから自分じゃ使えねぇって。‥‥‥ていうか利点なくね?」
「うるさいよ!もー!‥‥にしてもあの時の田口の事故はスゴかったよな。」
ふと思い出したようにカメが話をふる。
「なんだっけ。駐車場で遊んでたらいきなりドーンっ!て吹っ飛ばされて。」
「そうそう。ビックリしたって、あれは。ボールをとりにいったらいきなり車、しかも超デカイやつ!あれにドカーン!って。」
「そうそうそう。なんかヘンな人たちにからまれて帰ろっか、っていってたら田口が"ぼくまだあそぶもん"とか言って一人で遊んでてさ。」
「そうそうそうそう。みんな"もうかえる"つってんのに僕は中丸くんのボール奪って行こうとしたらコウキが"おまえもうかってにしろ!"とか言って僕の持ってたボール遠くに投げてさ。」
「それを走ってとりにいったら車にドーン!‥‥あれは俺たちもかなり衝撃的だったもん。」
「‥‥まぁあの事故のおかげで骨折っていうものの痛みを知ったし、自分のワガママで自業自得だったってこともわかったし、いい経験にはなったから今はいい思い出だよ。」
「というより昔の田口ってかなりワガママっていうか、自己中っていうかさ‥‥。」
言葉をとめたカメが遠慮深げに田口の顔を覗きこむ。
「なに。言ってよ。」と田口は促す。
「‥‥‥俺、昔の田口苦手だった。」
ほとんど聞こえないような小さな声で言うと、「あ、でも今はそんなことないよ!田口変わったし、今は全然苦手じゃないからね!」なんて必死でフォローする。
思わず苦笑する田口と僕。
「だって、昔の田口めっちゃワガママで怖かったんだもん‥‥。」
まるで小さい子のいいわけみたいだ。
「あの事故から変わったよね、田口。話しやすくなってさ、コウキも仁も田口の前では言わないけどいいヤツだってわかってるよ。なんつーか、こっちのが田口らしい。」
「‥‥なんか聞いてるこっちが恥ずかしいんだけど。」
なおもフォローを続けるカメの視線に田口は苦笑い。でもその表情は嬉しさで満ちていた。
「んじゃ、俺は帰ろっかな。そろそろ散歩行かなきゃいかんし、恥ずかしいし。」
立ち上がるカメに「あ、じゃあ僕も帰ろうかな。テレビ見たいし。」とそれに続く田口。
2人の間にはまだ照れの空気が流れていて、見ているこっちはおもしろい。
「おぅ。じゃあな。」
見送ろうと一呼吸おいて僕も立つ。見送るっていっても僕の部屋の前までだけど。
「あら、もう帰るの?お疲れさま。」
田口の姿を見つけて台所から母さんが声をかける。
「長々とすみません。お邪魔しました。」田口もスマイルを返す。
「田口ー。行くぞー。」
先に玄関に行ったカメの呼ぶ声がする。
「ちょっと待ってってば。」焦る田口は部屋を出かけたところで足を止めて、振り返った。
「‥‥やっぱあのとき、中丸くんに相談しといてよかった。」
小さく微笑むと「お邪魔しました。」ともう一度母さんに頭を下げて、カメと出ていった。
部屋に残ったのは、僕と空になった皿、ぬるくなった麦茶。そしてあのときの記憶。
「なかまるくん、ぼくどうすればいいんだろう。」
あの事故のあと、退院した田口は僕にそう言った。
「なにが?」
昔から気がきかない僕である。
「コウキたちがしゃべってくれないんだ‥‥。」
「‥‥そうか?」
退院はしたものの、痛々しい左足のギプスはまだ取れてない。
不器用に松葉杖をつきながらマンションの階段をのぼる田口を幼稚園のカバンを持ってあげながら家まで送る小学生の僕。
あのころは僕がそういう役をこなしていた。
「‥‥そうだよ。ちがう子とばっかしゃべるんだもん‥‥。」
「おれにはそんなふうには見えないけど?」
「あれからぼく、仁くんたちとしゃべってない。」
「そうだっけ。」
「なかまるくんがいなかったら、ぼくひとりぼっちだよ。」
今にも泣き出しそうな田口は「ぼく、なんでもするから‥‥」と何度もつぶやいた。
確かにあの事故以来、僕らはギクシャクしていた。
カメや仁は責任逃れをするかのように田口とは関わろうとせず、僕が病院に見舞いに行ってもアイツらの姿を見たことはなかった。
コウキはコウキで反対に、自分の投げたボールを取りにいったせいで事故にあったんだとガキながらも責任を背負いすぎて自分なりに田口への接しかたを考えていた。
救急車で運ばれる田口を見ながら「たぐちがしんじゃったら‥‥おれのせいだ‥‥」と顔をグチャグチャにして泣いていたのもコウキだった。
1番心配していたのはコウキだったハズ。
「いっぺんじぶんのワガママ、ガマンしてみろよ。ずっと人のいうことばっか聞いてみれば?」
中立の立場にいた僕は、どちら側にもつけなくて中途半端な答えしか出せなかった。
なのにそんな適当に言った言葉を素直に受けとめた田口。
「うん‥‥‥。そうする。ぼくもうワガママいわない。」
別人のように素直だった。
「ぼくもうぜったいワガママいわない。そしたらカメたち、またなかよくしてくれるかな‥‥。」
「たぶん‥‥だけど。でもアイツらのことだからしばらくはこのまんまだろうね。」
「ガマンする。」
この日をきっかけに田口は変わった。
遊ぶ約束をしたって自分の要望は絶対出さないし、何かの順番を決めようとしても必ず「僕、最後でいい」といって1番になりたがらなかったし、なによりも人を優先させるようになった。
きっかけは僕の一言。
正直、いきすぎだとは思うんだけど、自分で言ってしまったことゆえに止めることもできなくて複雑だ。
なかなかみんなの輪の中に入れなかった田口を引っ張って一緒に遊ばせたこともあった。
僕の言葉を忠実に守ってどんなに嫌なことになっても耐えている田口を見ているのは胸が痛んだ。
2、3日すると、なんでもいうことを聞く田口に飽きてきたのかだんだんと仲は戻ってきた。
戻って、さらに前進。前よりも明らかに仲は深まった。
本気じゃなかったにせよ、1人の人間を救った小学生の僕。我ながらスゴいガキだったと思う。
まぁそこまでがんばった僕だけど、そのあと引っ越してきた非の打ち所のない上田くんに人気は取られてしまったわけですが。
誰もいなくなった部屋で消しカスがいっぱいのった机の上に腰を据える。
勉強したあとです、みたいな感じが嫌い。
水槽の中のかめを急いでつれてきたのか、空になった皿がのったままのお盆の横はかめの動いたあとがそのまま濡れている。
田口が「これやって」と出した問題ギッシリの紙にも大きな水滴が落ちている。結局やる前に帰っちゃったけど、文字がにじんでしまってこりゃもう使えない。
ちょっと得をした気分。
ふと顔を上げると窓の外には陽が落ちはじめてキレイなグラデーションになった空があった。
いつもスケッチブックに残すのは動物をたわむれるカメとか、わざわざ人の家に来て読書をする田口とか、人物ばっかりだったけど、今日は風景も描いてみたいと思った。
あいにく水彩画みたいな道具はそろってないもので黒一色だけで描く。
それじゃあ一体なんなのかはわからないけど、風景画は初めてだけど、手は忙しく動いた。
初めて空がキレイだと思った。
あっという間に消えた太陽。空に残ったのは太陽が残したオレンジ色と月が連れてきた青色。
都会でもなく、田舎でもないこの場所だけど、それでも星はよく見える。
月はまだ白くて薄いけど、満月に近かった。
「雄一、晩御飯できたけど‥‥。」
トントン、と2回ノックしたあと、母さんがドアの向こうから声をかけた。
「うん。」
最低限の返事だけをして、たった今描き上げた絵をじっくり眺めてからパタンとスケッチブックを閉じて机に置くと、窓にかかったカーテンで外の眺めを遮断して部屋を出た。
あのスケッチブックに残した、最後の絵。