夢を見たんだ。
まだ僕たちがガキだった頃の夢を。
いつものように、マンションの前で遊んでいた小さな僕たち。
"車がきて危ないから駐車場では遊んじゃダメよ"って親たちはずっと言っていたけど、広くて大きな駐車場は僕らの恰好の遊び場だった。
その日は5人でドッジボールをしていて。コウキが力任せに投げたボールが遠くまで吹っ飛んでってしまった。
コロコロと転がるボールは駐車場を通りすぎ、車道へ出そうになってしまい、慌ててボールを追いかけた。
でもボールは外には出なかった。
「駐車場で遊んじゃダメだって、母さんに言われなかった?」
突然投げかけられた声。驚いて振りかえると、茶髪の怖そうなお兄さんたちが6人立っていた。
その中の1人の手には僕らのボール。
「早くここから出ないと事故っちゃうぞー。」「まぁ素直に出てくとは思わないけどね。」「ってかボール小っちぇー!」
口々に呼びかける彼ら。
わけがわからない僕たちに「はい。」といってボールを返してくれる。
「これ、中丸だっけ?」
ボールを返してくれた人の隣から僕を覗きこんで、たずねる。
「おぅ。男前だろ。」
「えー?ミニ赤西のほうのがカッコよくね?」頭をつかまれる仁は戸惑う。
「年上からモテてたのは俺だよー!」とカメちゃんを指さしながら話に割り込んでくる人。当のカメちゃんは困惑する。
「‥‥ちょっとみんな。困ってるじゃん!」
背の高いお兄さんが場をまとめる。
「僕たち何をしにきたかちゃんとわかってる?」
「あ、忘れてた。」
「悪ぃ悪ぃ」と頭をかきながらもう1度、ちゃんと僕らの前に立つ6人。僕の前には、ボールを返してくれた人。
「俺らはね、お前らに渡すものがあってきたの。」
「渡すもの?」
「うーん。モノじゃぁないんだけどね。」
難しい言葉を、必死に小さい子向けの言葉にいい直してるような言いかただった。
"知らない人からモノをもらっちゃいけません。"
そういえば親たちはこんなことも言ってたっけ。
「雄ちゃん、かえろ?」
田口が後ろから僕の服の裾をひっぱる。他の3人も不安そうな顔だった。
「‥‥‥行こう。」
あまりにも怪しい男たちから遠ざかろうと背を向けると、「あ、待ってよ!あの、オレたちホント全然怪しいヤツじゃないから!」と行く手を阻む。
「なぁ、モノがもらえないなら握手くらいしようぜ。今日、こうやって俺たちがまた会えたことを記念して。」
いきなりコウキに向かって手を差し伸べる1番恐そうな人。
それに続くように次々と手を握る4人。僕の前には、ボールを返してくれた人。
「‥‥お前は、これからもきっとツラいことばっかだよ。でもお前は絶対必要な人間だから。自信持ちな。それに、いつかお前らにもちゃんと今日の日のことが理解できるようになるからさ。それまでがんばれよ。」
その人は優しそうな笑顔を浮かべながら堅く手を握り締めた。
まるで、自分の過去を思い出しているかのように。
握り合った手から伝わる温かさ。
なにかが繋がった気がした‥‥‥。
夢はそこで覚めた。
すっげぇリアルな夢。
重い瞼を開くと、上田たちが囲むようにのぞきこんでいるのが見えた。
「あ!中丸!おい、大丈夫か!?」
「生きてる!?」
「俺わかる?カメよ?カメちゃんだよ?」
頭がボーっとして、その言葉さえ頭を通りすぎていく。
「‥‥‥俺‥‥」
何が起こったのか思い出せないまま起き上がろうとした。
その瞬間「‥‥‥っ痛!」身体中に激痛。
「中丸くん!ダメだよ起きちゃ!すごいケガなんだから!」
「‥‥ケガ?」
田口の目線のほうに目を向けると、もう1度意識が吹っ飛びそうになった。
「な‥‥なんだよこれ‥‥。」
「2階から落ちたんだもん。骨折ぐらいするって。」
「あー俺、落ちたんだっけ。」
どこから着地したかなんてわからないけど、妙にズキズキする頭。手足には下の植え込みの枝で切ったと思われる切りキズが数カ所。さらに目線を下げていくと、あらぬ方を向いた右足。
不思議と痛みなんてなかった。ただ、信じられない光景が目の前においてあるだけ。
「でも大丈夫だよ。不幸中の幸いっていうか、距離が少なかったからかもしれないけど中丸くん、ちょうど足から落ちていったんだ。だから足にそれだけの負担がかかっちゃってこうなっちゃったけど、とりあえず頭は強く打たなくてよかったよね。」
なんて田口は言ったけど、自分の足が異常なカタチになっているのを見て大丈夫だと思えることのが難しい。
ただ、その自然に反する自分の右足を見つめながら、なぜ落ちてしまったのかと思い出す。
「‥‥あ、そうだ。俺、2階で警備員に見つかったんだよ。だからこんなとこにいたらお前らまで見つかっちまうんじゃ‥‥。」
「大丈夫だよ。僕が言ってきたから。忘れ物取りにきましたって。さすがにこんな時間に忍び込むなって怒られたけど。」
上田が穏やかに言う。
「優等生の上田さんだもん。なに言っても信じてもらえるのさ。」
コウキが楽しそうに笑う。
「絶対ぇコウキじゃ無理なことだから。」
仁も皮肉っぽく冷やかす。
「それに、もし見つかってても中丸は動けなかったしね。置いてくぐらいなら一緒に怒られるよ。」
カメは優しい目をする。
「このケガも、すぐ治るよ。」
田口の額にキラリと汗が光る。
「‥‥は?治んの?この足も?」
「うん。たぶんね。」
にこやかな笑顔の田口の後ろから上田が歩みより、僕の隣に座る。
「中丸、骨折したことある?」
「ない。捻挫ならある。」
「だよね。普通骨折なんてしてたら今ごろ中丸、こんなベラベラ喋れないよ。すごい痛みでね。」
「‥‥どういうこと?」
「今田口がなにしてるか、よーく見てみて。」
言われたとおりに再び田口に目線を向けると、彼は一心不乱に僕の曲がった右足を押さえていた。
なにかに集中しているようだった。
「なに、やってんの?」
「痛みないでしょ。全然。」
うなづく。
「田口にも目覚めたんだ。中丸みたいにね。」
「いや、わっかんねぇって。サルにもわかるような説明してよ。」
「だから!この痛みも、田口が抑えてるんだよ。田口の、中丸と同じようなチカラで。」
ますます頭が混乱する僕。
「田口が、この中丸のケガを治してるんだよ。」カメ。
「あれだよ、あれ。」仁。
「"人工治癒"って感じ?」コウキ。
「そう!それ!‥‥オレが言おうとしたのに。」
「目覚めつつあるんだよ。田口にも。みんなにも‥‥。」
みんながみんな、上田の言葉に耳を傾けていた。一言も聞き漏らさないように。
「‥‥上田。田口も俺と同じようなチカラなんだよな?」
「できることは違うけどね。」
「だったら俺のこんなケガ1人で治すのなんて体力持たないんじゃねぇの?」
「‥‥‥大丈夫だよ。」
返事をしたのは田口だった。
「僕も昔骨折したことあるけど、そりゃーもうハンパない痛さだったからね。そんなの、誰だって味わいたくないじゃんか。僕が耐えることで他の人が平気なら、ガマンできるから。」
真剣な田口に、僕は言葉を返せなかった。こんな、あまりにもお人好しすぎる男にさせてしまったのは僕の一言だったから‥‥‥。
「体力なんて寝ればもどるでしょ?」
笑顔を絶やさない田口。
「中丸くんは僕たちのためにケガしたみたいなもんじゃん。それを治すのは当たり前のことだよ。」
「‥‥田口の言う通りだな。」
木にもたれて座っていたコウキが「よっこいしょ」と立ちあがり、「ホラよ」と僕の左頬に冷たいものを押しつける。
「なんだ?これ。」
「さっき上田に殴られたトコ。すんげぇ音だったから相当痛かったんじゃないかと思って。もうあんま冷たくないと思うけど。」
濡らされたタオルだった。
力の強いコウキが絞ったタオルだからか、水分はほとんど残っていなくてあんまどころか全然冷たくはなかったけど、殴られた頬には気持ちよかった。
「お前さっき外出るっつってたのは、これやりに行ったの?」感心したように仁が言う。
「おぅ。トイレに行きつつ。」
「ならそう言えよ。1人でカッコつけやがって。」カメも。
「バッカ!んなこと恥ずかしくていえるかよ!」
「コウキはもう少し素直になりなさい。」
「うるせぇよ!お前こそその遅刻癖なおせ!」
「オレはいいの!なんだよ、怖がりのクセに。」
「それは関係ねぇだろ!」
「でもトイレ怖かったんでしょ?」
「電気つけたら大丈夫だ。」
「‥‥‥電気?」
コウキと仁の言い合いに割り込んだのは上田。
「コウキ、トイレの電気つけたの?」
「おぅ。暗くて見えないし、怖いし。」
あくまでも強気に言い張るコウキとは対称的に、大きなため息をつく上田。
「‥‥警備員さんが、消したはずの電気がついてたから不審に思って来たらしいんだよ。」
「おいおい、それって‥‥。」
みんなの視線は一点に定められた。
「お前かよ!コウキ!」
一斉にコウキに飛びかかる仁とカメ。
「俺のせいかよ!」と抵抗しながらも2人にやられ放題のコウキ。
それを見ながら笑う上田と田口、僕。
小さな、優しさを感じた夜だった。