カメたち1年の職員室に入ったときも、やっぱりテストは金庫の中に入っていた。

仁のよりかは少ないものの、やっぱり気力を使うには違いはない。

その間にも「大丈夫?」と声をかけるのは上田ただ1人だけ。

まぁアイツらにそんな優しい言葉を期待するほうが間違ってるけど。

「‥‥‥。」

最後に僕たち3年生の職員室へ向かうとき、ふと上田が立ち止まり後ろを振りかえる。

「上田?」

「どうした?」

「‥‥いや‥‥なんでもない。」

呼びかけると、すぐにこっちに向き返し、立ち止まっていた分あいた距離を小走りで縮める。

そんな上田の表情は、少し微笑みながらもなにか不安を見つけたような複雑な表情だった。

「‥‥なんか気づいたのか?」

「ううん。気にしないで。」

絶対なにかある。そう、ピンときた。




さすがに3回目ともなると慣れてきたのか、コウキのカギをあける手つきは手早くなっていた。

差しこむと、ものの2,3秒で開いてしまう。

僕は、昼に確認したテストの居場所に迷うことなく進んでいく。

そこにあったのは先ほどと何も変わらず無防備に置かれたテストの束。

ただ、さっきと違うのはここには金庫なんてものがないってこと。

「なぁ、これならさっさと持って帰ればよくね?"どうぞお持ち帰りください"っていってるようなもんじゃん。」

自分の用事が終わってしまったら人の世話をやくなんてやってらんない。典型的なパターンにコウキは当てはまる。

「盗ったらバレるだろうが。」

「1枚ぐらいわかんねぇって。」

「ダメ。絶対盗らないって決めてんだから。」

「‥‥チッ。めんどくせぇなぁ。」

「誰のおかげでラクできると思ってんだ。文句言うな。」

まだブツクサ文句は言うものの、おとなしく引き下がるコウキ。

もう1度大きく深呼吸をして目を閉じてみる。

「‥‥‥‥。」

この薄っぺらい紙の封筒の向こうだ。簡単にみえるハズ。

‥‥簡単なハズ。簡単‥‥な‥‥

‥‥‥あれ?

思わず目を開ける。

目の前にはまるで僕を挑発するかのようにずっしりと置かれた紙の山。

なんだか無性にむかついて、さっきよりもさらにキツく目を閉じる。

ありったけのチカラを、全神経を、この小さな野郎に投げかけてみる。

「‥‥‥‥っ。」

「中丸?」

なかなか物を言わない僕の異変に気づいたカメが声をかける。

「どうした?みえないの?」

カメは鋭い。

あまりそう思いたくはないけど、そうなのかもしれない。

どれだけ目をしっかり閉じても、どれだけ集中をしても、どれだけみえろと懇願しても。

僕の脳裏にその姿がよぎることはなかった。

「‥‥‥なんで?」

一人つぶやく僕。

「なんで俺のだけ‥‥?」

沈黙が続くなか、1つのため息が生まれる。

「じゃあ、もう帰る?」

仁のその言いかたは「帰らない?」じゃなくて「もう帰ろうよ」という風にしか聞こえない。

「‥‥やだよ。俺のまだみてないもん。お前らのだけやって帰るなんてありえない。」

「だってみれないんでしょ?だったらしょうがないじゃん。」

「でも俺はどうしてもみえなきゃいけないんだよ。‥‥勉強してねぇもん。これだけが頼りなんだよ!」

「中丸、大声出すなって。」

「なんで俺のだけみえないんだよ!なんで!?」

「落ちつけよ中丸!」

「中丸、僕ももういいから帰ろうよ。」

「上田のためにやってるわけじゃねぇよ!俺は俺のためにやってんだ!」

「どうしたんだよ中丸!お前らしくないって!」

隣にいたカメが僕を静止させようと奮闘する。無意識のうちに暴力的になっていた僕を。

「落ちつけってば!」

「離せよ!俺、ホントにこれやんなかったらダメなん‥‥」

その時だった。

左頬に強い衝撃を感じて、僕の身体が羽交い締めしていたカメと共に吹っ飛んだのは。

状況がわからず目をパチパチさせてる僕らの前には痛そうに顔をしかめながら右手をさする上田。

塞がらない口を開けたまま見上げていると、目があった。

「中丸、とりあえず落ちつけよ。」

発せられるのは冷静な声。




普段見慣れない僕の姿をみてしまったからだろうか。

仁やコウキ、カメの表情は驚きを隠せないようすだった。

小さいころから長男や最年長という位置にいた僕は常に頼られる存在でなければならないと、幼いながらにも感じ、努めてそれを突き通してきた。

だからこんなに人前で、しかもコイツらの前で取り乱すなんて初めてのことだった。

落ち着きを取り戻した僕は、改めてしでかしてしまった失態を思い出し、恥らわずにはいられない。

どうしてあんなにムキになってしまったんだろう。

なぜみれなかった‥‥?

「俺、ちょっと外見てくる。」

突然、コウキはそう言い残すと足早に出ていった。

「‥‥さっきので誰か気づいたかもね。」カメ。

「オレを探しに来たのかも。」

「それはないと思うけど、そろそろここを出たほうがいいね。」

「え‥‥、待ってよ。俺まだ‥‥」

「中丸。何度やっても同じだよ。中丸は自分のをみることはできない。」

「なに?どういうことだよ。」

「そうゆうこと。」

上田は冷静さを失わない。

どうしてコイツはなにも教えてくれないんだ。

コイツは一体なにを知って、なにを思っているんだ‥‥。



「‥‥‥っ誰か来る!」

上田が叫んだのも突然だった。

コウキが出ていったときに開けっ放しになっていた職員室のドアを見つめながら険しい顔になる。

「誰か‥‥こっちに近づいてくる‥‥。」

「なに?なんで?」仁パニック。

「さっきのでやっぱ気づかれたんじゃ‥‥。」

「‥‥ごめん。」

「謝るのはあとでいいからとにかく早くここを出なきゃ!」

「おい、待てよ。コウキは?」

「外ってどこだよ!?」

急いで職員室を出ると、1つの人影。ナイスなタイミングでコウキだった。

「あれ?なに、もう帰んの?」

「帰るんじゃねぇ。逃げるんだよ!」

「はぁー!?」

状況のわからないコウキを引っ張り、「こっち!」という上田の誘導に導かれるままひたすら走る。

「ちょちょちょちょっと!上田、こっちは階段と反対なんじゃ‥‥」

「いいの!こっちに田口がいるから!」

「田口ぃ!?」

先ほど感じた僕の勘はハズレではなかったらしい。上田のあの不思議な表情は田口を見つけた喜びだったのだろう。

校舎の1番奥まで逃げ込むと、窓を開けて下を見下ろす上田。つられて次々とのぞく僕たち。

そこには確かに田口が立っていた。不安で顔を一色に染め、僕らのいる2階を見上げる田口の姿が。

「上田くんっ!今、警備員さんが中に‥‥っ!」

僕たちの姿を見つけると少し安心したのか安堵の表情を浮かべると、すぐにまた不安の色に変わり、さっきまで僕らのいた方向を指差して叫ぶ。

「向こうの階段からじゃ鉢合わせしちゃいそうだ!ここから出ようと思うんだけど、行けそう!?」

上田も下に向かって叫ぶ。

田口はぐるりと周りを見回すと、「あの木をつたって下りればいけそう。」と僕たちのいる場所から3つ離れた窓の外にある木を指して、「下は植え込みだから落ちてもたぶん大丈夫。」とも付け加えた。

「おいおい。マジで行っちゃうの?」

「こんなのフツーに無理だってぇー。」

この逃げ方に納得のいかない仁とカメは文句を垂れるが、その間にも足音は近づいてくる。

「うだうだ言ってるヒマなんてねぇよな。」

動いたのはコウキだった。

「俺が最初に行ってあとから誘導するから。」

そう言い残すと窓を開け、サルのようにひょいひょい木をつたって下りてゆく。ホントにサルのよう。

見事地上に到達したコウキの「簡単簡単!1こずつ確実に足を置いてきゃ行けるわ!」という言葉に続くように仁、カメも順調に降りていく。

「‥‥上田、先行けよ。」

2階に残されたのは僕と上田。

「中丸こそ早くいきなよ。」

「アホか。あの警備員が来たのは俺のせいみたいなもんだ。見つかるのは俺だけでいい。さっさと降りてアイツら連れて早く逃げろって。」

「その言葉、そっくりそのまま返す。」

「バッカ。優等生のお前がこんな所で見つかってどうすんだ。本来ならいるはずのないところだぜ?‥‥ホラ、早く行けって。」

「でも‥‥。」

「いいから、行けよ。」

強い促しに流されるまま、木に足をかける上田。

「すぐ来いよ。」

眼がそう言っていた。

上田が下まで辿りつくのを見届けると、次に僕も窓の桟に登る。

と、その時。

「おい!」

黒い影が長い廊下の先から走ってくるのが見えた。

「お前!何をやっている!」

近づく恐怖。

ビクッとして振り向いた瞬間、身体が前に傾いた。

まるでスローモーションのよう。

目の前を、掴むはずだった大きな木が通りすぎていく。

「中丸!」

みんなが口々に僕の名前を叫んでいる。

長い長い時間。

「‥‥‥‥っ!」

ドンッという音と、身体に激痛が走ったのは同時だった。

みんながかけ寄ってくる感じがする。

「落ちたのか!?」って声も聞こえた気がした。



暗い闇の中へ墜ちてゆくようだった。






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