この中に、誰かいるのだろうか。
物音一つしない校内。
頼りになる光源は妙に明るい月だけで。
カギを締め忘れたと思われる教室が2,3チラホラ。無用心だよ。
高くそびえたつ門を堂々と乗り越え、いわく「遅刻する、抜ける、その他もろもろ先公に見つからないエントランス」コウキ御用達の入り口から侵入した僕たちは、暗闇の中を携帯のディスプレイの光を頼りに職員室へ向かう。
この中に用意周到なヤツなんてのがいるわけがない。
手ブラで集合した僕たちは、携帯電話のわずかな光だけが頼りだった。
「つーか超ブキミ。」
「なんで誰も懐中電灯持ってこねぇんだよ。」
「フツーいいだしっぺが持ってくんじゃねぇの?」
「その仁がいないんだもん。」
「おめぇらホント気がきかねぇな。」
「コウキに言われたくないし。」
「じゃかましい。」
「おい、ケンカしてんなよ。さっさといっちまおうぜ。」
先頭を立って歩く僕の促しにブツブツ文句を言いながらもついてくるカメ、上田、そしてその上田の頬をつねるコウキ。
口じゃそんなことを言っているけど、内心、担任の言葉が渦巻いていた。
"お前腐っても答案盗もうとかはするなよ?"
僕たちのやろうとしていることは、窃盗罪にはならないだろう。
しかし善事でないことも確かだ。
担任を裏切りたくない。でもコイツらを裏切ることもできない。
ずっと考えたあげく今ここに僕はいる。
仁のため。みんなのためなんだ。
「さて、どこから行く?」
職員室の集合する2階につき、カメが切り出したときだった。
ガラッ
誰もいないはずの廊下。背後から聞こえる教室の扉を開ける音。こっちに近づいてくる足音。顔を見合わせる僕たち4人。
みんなリアルに目が点になっている。
その間にもどんどん足音は近づいてくる。
後ろを振り向けない僕たち。
人の気配を感じる。
鼓動が早くなっていく。
携帯を持つ手が震える。
もう1度4人の目が合った瞬間、僕の左肩に何かが触れた。
「ふぎゃ!!」
思わず出てきた裏返りの悲鳴。そしてその声に驚く上田たち。
恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは
「‥‥‥へへっ。」
仁だった。
「だからね、集合時間よりかなり早くついちゃったから部活をがんばる女のコたちの応援でもしようかなと思って門入ったら、担任に見つかって、なんか知んないけど補習やらされて、気づいたら寝ちゃってて、まわり真っ暗で。で、外出るのめんどいし、みんな来るかな?って思ったんだけどオレまだ来てないから来ないかな?って思ってたら・・・きてんじゃん。おまえらオレおいていこうとしただろ!」
早口で事情を説明しながら、文句も言う仁。
機嫌を損ねたらしく、平謝りをしてもスネたままだった。‥‥僕たちだけが悪いとは思えないんだけど。
コウキは「だいたい先公につかまる仁がアホなんだって。」なんてつぶやくし。
上田も「しかもそのまま忘れられてるもんね。」といって笑うし。
「‥‥うるさいな。」仁くんポツリ。
「ホラ、それより仁も合流したわけだし、早く行こうぜ。」
時間がないわけでもないけど、ここに入るところを誰か見ていたかもしれない。人を呼んだかもしれない。決して安心できないこの状況。早く事を終わらせてしまうほうがいいと思った。
「じゃあさ、2年のトコからね。」
仁が急に笑顔になる。
「は?何いってんの。ここは順番に1年からでしょ?」
「え、待てよ。見るのは俺だぜ?」
「中丸、大人気ないよ。譲ってくれたっていいじゃん。」
「キミは受験生なんだから少しくらいは自分でやりなさいって。」
「不公平だ‥‥。」
「ねぇ、主催者はオレだよ!」
「こういうのは主催っていわない。」
結局、じゃんけんで仁が勝ってしまったせいで2年の職員室から行くことになったわけで。
学年ごとに分かれてるってことがいただけない。ありえない。
「ねぇ、職員室ってカギ閉まってんじゃないの?」
「まかせろって。」
コウキ取り出したるは1本の針金。それをうまく鍵穴にさしこみガチャガチャいわせるとあっけなく扉オープン。
テレビとかでよくやってるあれ。コウキの手にかかれば簡単なものだった。
室内に入ると、まるで見えない糸でひかれるかのように進む仁。
その先にあったものは、
「これこれ。ホントに入れてんの。笑っちゃうよね。」
冗談で言ったはずだったのに。
金庫。
中に入ってるのはお金じゃないから、テスト庫っていうのかなー。
なんてつまらないことを考えていると「ホラ、中丸さっさとやっちゃって!」と仁がそれをぺちぺち叩きながらせかす。
「うるせぇなぁ。そんなに簡単なことじゃねぇんだからな。」
ぶっちゃけ、成功するとは思えなかった。
上田の家ん中を見たときも、居場所がわかったのも、突発的に頭に浮かんできただけで、決して自分で望んでみたわけではなかったから。
深く深呼吸をする。
金庫の前に立って静かに目を閉じる。
すると、頭の中に金庫の中がみえた気がした。想像じゃなくて、あまりにも衝撃すぎるものを見たあとに、残像が残る感じ。
集中していくと答案の細かな文字までみえてくる。
「‥‥|3m+1|=2√m2+1‥。」
「は?」
「仁のヤツの答え‥‥さっさとメモ取るかなんかしろよ‥‥。」
「あ‥‥、うん。」
近くの机にあった紙とペンを取り、僕の言ったことを書き写す。
視界に入らないから誰かはわからないけど、おそらく上田だ。
まるで目を開けてそのまま見ているみたいに鮮明にみえてくる。不思議なチカラ。
期末試験は教科数が多いから嫌だ。
もちろんみることだけだって相当な時間がかかる。
仁の分のをすべてみおわるコロには、僕の気力はかなり消耗されていた。
「大丈夫?疲れてんじゃない?」
次の1年の職員室を目指し、移動するときに声をかけたのは上田だった。
「結構体力使うでしょ。次までもつ?」
「もたさなきゃだろ。アイツらだってそれを頼りにしてんだし。」
「‥‥無理しないでよ?」
上田もいつもこんな気分なのだろうか。
自分の都合だけでヒトの心を読む?
だとしたらそれを知らない人間にははた迷惑なこった。
そうか。ヒトの心を読めるから、先を読めるから。だから上田はみんなに好かれてんだ。
好かれてんじゃない。嫌われないようにしてるんだ。
ボーっとする僕の頭は、それだけのことにフル回転をしていた。