小さい頃から迎えに行くのは上田の役割だった。
町内会で行った海で迷子になった仁を探しに行ったのは上田。
コウキんちの親が離婚したとき家出したコウキを迎えに行ったのも上田。
捨て犬をほっとけなくて、管理人がいいと言うまで公園から動かなかったカメを連れて帰ってきたのも上田。
親たちの信頼を得ていたのも上田。
上田上田上田。
いいところは全部アイツが持ってった。
僕の知っている限り、上田が人に迷惑をかけたことなんてない。
だからこんなことは初めてだった。
でも。今は立場が逆転している。
反対に、相談されるのが多いのは僕だった。
でも。今は立場が逆転している。
上田んちの家の中が見えたこと。上田の居場所がわかったこと。
こんなこと相談できるのはコイツしかいないと思った。
不本意だけど、独りで抱え込むのは嫌だったから。
「‥‥上田。」
「なに?」
終電に揺られる僕たち。
「聞いてほしいことがあるんだ。」
僕たちだけしかいない車両は妙に広く感じた。
「‥‥‥早く言ってよ。」
言う決心はしたものの、なかなか切り出せない僕。
5分ほどの沈黙を破ったのは上田だった。
「ちょっと待てよ。頭ん中整理してんだから。」
僕は必死に次の言葉を探す。
どこからどう聞いていいのかわかんないんだもん。
「整理できた?」
「うるせぇ。」
「電車着いちゃうー。」
「黙ってろ。」
「中丸。顔、真剣だよ?」
「‥‥上田。」
「うん?」
「真剣な話なんだ。」
「うん。」
「聞いてほしいし、ちゃんと答えてほしい。」
「‥‥うん。」
大きな深呼吸を1つして、問いかける。
「お前んち、どうなってんの?」
ずっと考えていた割にはヘンなとこから聞いてしまった。
上田は表情を変えない。
「どういうこと?」
「お前んち、なんか変だ。おばさんのお前に対する態度、普通じゃない。お前のこと気にかけなさすぎてる。おかしいよ。」
「何いってんの。普通だよ。」
「あれが普通じゃたまんねぇよ。なんでお前の母親あんなに無関心なの。」
「普通だよ‥‥。カメんちだってそうじゃん。放任主義。」
「お前のは違ぇって!なんで家族ん中で浮いてんだよ!」
今まで笑顔だった上田の顔から笑みが消えた。
「‥‥‥なんで?」
あきらかに焦りとみえる表情に変わっていく。
「中丸、なんで‥‥?」
「お前が今まで自分ちに俺たちを入れなかったのはそれだからか?なにがあんだよ、お前の家。」
「なんで‥‥」
「なんでじゃねぇよ!なに隠してんだよお前!普通じゃねぇってこんなの!」
「‥‥‥。」
だんだん腹が立ってきた。
思わず声が大きくなる僕を隣の車両のOLさんがこっそり覗いている。
上田は下を向いたままなにも言わない。
僕のイラつきは上昇していく。
「うえ‥‥」
「なんで気づいたの?」
顔をあげた上田の眼も真剣だった。
言うべき?言わないべき?
‥‥言うべきだ。
「みえたんだよ。」
「へ?」
「お前んちの家の中が、みえたんだよ。ドア越しに。」
「まさか。」
「ホントだよ。今日俺が来たこともないあんなとこに来たのだってみえたからなんだよ。お前がここにいるって。」
「ウソでしょ。」
「ウソでこんな馬鹿げたこと言うか。」
「ホントなんだね?」
念には念をってこと?ウザい。
「だからそういってんじゃん。」と僕が言い終わるのと、上田に笑顔が戻ったのはほとんど同時だった。
「中丸!おめでと!」
いきなり立ち上がってこの一言。
状況がサッパリのみ込めていない僕。
「‥‥‥はい?」
「やっと中丸もね。うん。良かった良かった。」
1人でなにやら嬉しそうな上田。
「意味わかんねぇんだけど。」
「僕んちのことはさ、またいつかちゃんと話すよ。今はまだ無理。」
電車のスピードが緩む。
それは僕たちが降りる駅に近づいていることを知らせていた。
「もう少し、待ってて‥‥。」
下車する直前、上田がポツリとつぶやいた。
‥‥結局上田からはなにも答えは出なかった。