「中丸、これありがとね。うまかったよ。」

その日の帰り、いつものようにみんなで帰って、マンションの部屋に入る直前に仁から空になった弁当箱を返された。

「お前マジこんなうまいの毎日食えるなんてシアワセじゃん。」

「別に嬉しくもないし。」

「またまたぁ。んじゃいらないんだったら明日もちょうだいよ。」

ニコニコ顔の仁。

そうじゃん。仁にやればコイツ喜ぶし、僕も気が楽だし、何より母さんの悩みが減る。

母さんのためじゃないけど一石三鳥。

「やるよ。そんなもんでよければ。」

僕は仁と約束した。






人間、やる気のないときなんて腐るほどあるハズだ。

今日の僕がそれ。

そんな日に予備校にいったって時間の無駄になることくらい僕だってわかってる。

時間を見計らって、机の引出しの1番奥から小さなスケッチブックを出して、いつものカバンに入れて、

いつも通りにふるまって

「行ってくる。」

なんて言ってみたりして。

もちろんその行き先はカメんちなんだけど。

そんなことを知らない母さんはやっぱりいつも通り

「いってらっしゃい。がんばってね。」って。

知らないって怖い。

家を出てとりあえず外まで出た。

携帯をカバンからとりだしてカメに電話。

「今どこにいる?」

「‥‥家。」

ボソッと一言。

「今からカメんち行っていい?」

「来んの!?いい!来て!」

とたんに声がデカくなるカメ。機嫌いいぞ。

んじゃ、今から行く。」

それだけいうと今度は予備校に電話。

2日続けて親に連絡されるほど僕はバカじゃない。

自分から言っちゃえばこっちのもんさ。

「休みます。」






僕の家の真下にあるカメの家。

石造りのマンションだから音はよく響く。

なるべく音を立てないようにカメの家まで行くとドアの前でカメが待っていた。

「またサボりか。コウキパートUめ。」

嬉しそうに笑って言う。

「入れば?」

ドアを開けて僕を中へと促す。

今日も弟くんたちはいない。

「俺の部屋行っててよ。」

小さいころから変わらないカメの家。

リビングの壁には『バカメ』の字。

小学生のころ僕とカメがケンカして、負けそうになった僕がそばにあった油性マジックで大きく書いたもの。

そのあと家に帰ったら父親がめちゃくちゃ怒ってて、人様の家になんて事をしてくれたんだ、って初めて殴られた。

でもなぜか亀梨家ではそれが大ウケして今でもキレイに残してあったり。

「懐かしい?」

両手に冷たそうな麦茶を持ったカメが後ろにいた。

「消さないの?」

「おもしろいから残してんの。」

「消せよ。」

「ヤだ。だっていい思い出じゃん。」


僕の描いた仮面ライダーをカメがショボくて弱そう、と言った。たったそれだけのことが原因だった。

「カメちゃんのが弱そうだよ。」って言ったら「雄ちゃん自体が弱いからだよ。」って言われて、ムカッときてカメにパンチ。

思えばあれが僕の初喧嘩。

結局小さなパンチを2人で食らわしあった結果、僕が負けたのです。

その負ける直前の負け惜しみの攻撃が『バカメ』。

書いた瞬間カメは吹き出してその場で仲直りしたけど、幼き僕の心には小さな傷がついていた。

『ショボい』という言葉はそれまで美術はオールAだった僕にとって、それはそれは大きなショックでした。

悔しかったからあれからいっぱいいっぱい練習した。

「今日はどういったご用件で?」

「息抜きじゃ。」

「じゃ、適当にどうぞ。」

そういって部屋を出ていくカメ。

と、次の瞬間背中に衝撃。

カメ2番目のお気に入りペットのハスキー犬に跳びつかれた。

「こいつね、中丸のこと気にいってるみたいよ。」

どうも僕は犬は得意じゃないんだけど。

しかしまぁこのカメの幸せそうな顔。

僕たちには見せない顔をしてる。

じゃれあうカメと犬。

僕は無意識にカバンからスケッチブックを取り出し、描きはじめた。

『ショボい』と言われたあの日から、悔しくて練習したんだ。

うまいとはいえないけど自分の絵は好き。

やる気のないときほど調子は良くて。

まったくうまい具合にできてるよ、僕ってやつは。

「描けたらちょうだいね。」

犬にチューしながら手を伸ばすカメ。


彼は、僕の夢を広げた人。






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